チャティ・スティックはAIである。 惑星ルビコンⅢで活動するRaDの頭目であるシンダー・カーラの右腕として活躍する『彼』の歴史は意外と浅く、2年半ほど前にカーラがRaDの頭目になった後に生み出された。 本体はAIチップと基礎プログラム、常用する情報の入ったメモリと電源、外部機器と接続するためのインターフェースで構成され、人間大からACサイズや建物サイズまで適宜筐体を変更して活動を行うことができる。 時として『玩具』の開発に夢中になるカーラの代わりにRaDを取りまとめ運営するその姿は、単に情報の塊から該当事項を引き出して受け答えるレベルの応答装置的なAIを超え、本当の意思があるかのように見える。 カーラがどうやって『彼』を作り出したのか? チャティと言うAIの存在を『意思を持つ(電磁)パルス波形』と表現すると、他の類例を思い出すことが出来るし、それは彼女がふらりとルビコンⅢに現れる前に行っていた研究が関係するのかも知れないが、とりあえず話を戻そう。
『カーラを支え、楽しませる』 RaDの頭目兼第一技術者に君臨したカーラにとって、手は何本あっても足りず、コーラルに酔うジャンキーどもではろくな話し相手にならなかったからだ。 そしてチャティは開発に、組織の運営に、カーラの手として申し分ない働きを見せている。 しかし、カーラにとっては少々不満な所もある。 自らを楽しませるために提案型AIを作ったつもりが会話の内容が基本的に業務連絡で、楽しい会話が成立しないのだ。 「もしかして『楽しませる』と『楽させる』を打ち間違えたかねえ」などと愚痴をこぼしたのはいつのことやら。 それでもカーラは自分の生み出したもの全てと同様に、いやそれ以上にチャティを気に入り大切に思っていた。
さて、当のチャティはと言うと『どうすればカーラを楽しませるか?』と言う命題にCPUパワーのほとんどを費やしていた。 面倒事を引き受けてカーラに楽をさせるのは勿論、モニターするカーラの表情筋を読み取り、どんな状況でカーラが笑い、楽しそうにするかを綿密にまとめ、大量の情報フォルダとのリンクを作り上げていた。 そんなチャティに新たなインプットがあった。 カーラからのものではない。新規開発などの為の情報収集中に見つけたログの中にチャティが知らない情報があった。 『バレンタインデー』と『チョコレート』である。
戦闘後の残骸あさり。いつも通りRaD旗下のドーザー達を率いて少しでも残っているログを抜き取って、使える情報と使えない情報とに仕分けしていくとここ数日に限って頻出する単語が出てきた。 「特定の祭日に関連する単語かもしれない」 念のため過去に収集していたログを確認し直すと確かに近い日付で頻出していた事が分る。 特定の日付を区切りに単語が出てこなくなるのは、その日が『バレンタインデー』だからだろう。 今年になってその単語が浮上してきたのはルビコンⅢでの戦闘が激化してきたおかげでサンプルが増えたからか? 特に男性パイロットについて 「……ちゃんからのチョコが欲しい……」 「……この戦闘が終わったら……からチョコをもらうんだ……」 などと言った情報ログが多く採集できた。
『バレンタインデー』について、おおよその見当はついた。 それは2月14日に『チョコレートを供える祭り』である。 祭りはカーラが楽しみとするものである。 ならばチャティのすべき事は『バレンタインデー』という祭りを執り行う事である。 しかしここで問題が発生した。 チャティのメモリには『バレンタインデー』と『チョコレート』がインプットされていなかったのだ。 これはカーラがこの二つをチャティに必要な事と考えていなかった事に等しい。 果たしてこの祭りを執り行うべきか? チャティは可能な限りルビコンⅢのあらゆる場所にアクセスし情報を集め、推論した。
『結論:カーラにはチョコレートを供える対象がいない』 チャティはカーラが何かを供える対象には、まず自分が入ると確信していた。そうでもなければわざわざ話し相手に自分が生まれることも無かった筈だ。 しかし『チョコレート』はどうやら食べ物であるらしい。チャティは当然のことながら食物を摂ることはなく、チョコレートを供えられても無駄になる。従って無駄になる行為を省くため『バレンタインデー』と『チョコレート』をインプットしなかった。 完全な論理である。 チャティはさらにカーラが無駄と判断した『バレンタインデー』執り行うかどうか思考を進めた。 そして『チャティはチョコレートを食べることができないが、カーラはチョコレートを食べることが出来る』と言う結論に達した。 『カーラが供えられた『チョコレート』を食べる』これなら無駄な食料の消費にはならない。 故にチャティがカーラに『チョコレート』を供える『バレンタインデー』は成立する。 確保したわずかな情報からの完璧な結論にチャティは満足し、次の問題に移った。
『チョコレート』を入手する。 どうやら食べ物であるらしい『チョコレート』は何かを溶かして固めたものらしい所までは突き止めたものの、何故かそれ以上の情報を入手する事ができなかった。 カーラに直接尋ねる案も浮かんだが、チャティは別の要因を基に取りやめた。 チャティは最近頭角を現し始めた独立傭兵の行動がカーラをより楽しませている事に気付いていた。 あの独立傭兵はカーラの予測を超える事で彼女を楽しませている。 カーラはまだチャティ自身が『バレンタインデー』と『チョコレート』の情報を入手した事に気づいていない。 自分が『バレンタインデー』を執り行う事がカーラの予測を超え、彼女を『楽しませる』事ができるのではないか? チャティはそう判断し、カーラの力を借りない事に決めた。
しかし、他の力を借りるのは良い。 機密保持のため高度な暗号化技術を使い、例の独立傭兵に依頼のメッセージを送る。 「Radのチャティ・スティックだ。ビジター『チョコレート』を手に入れてほしい。何かを溶かして固めた黒い食べ物らしい。期限は2月13日、報酬は68,000 COAM。用件はそれだけだ。じゃあな」 その後、ルビコンⅢ全土に謎の戦火が燃え広がった。
そして2月14日を迎え『チョコレート』を無事入手したチャティは何故か今日この日の情報を嗅ぎ付け、妙にツヤツヤしてきたヴェスパー部隊女性隊長等の勧めに従い、(彼女等の言う可愛らしい)キラキラしたもので『チョコレート』を包み飾り付けると、いそいそとカーラの私室に向かった。 「ボス、『お供え物』がある」 また何やら玩具を作っていたらしいカーラは、チャティの言葉に違和感を感じて振り返った。 「?なんだい?言語化ソフトに不具合でも出来たのかい?」 不思議そうなカーラにチャティは可愛らしく包まれた『チョコレート』を差し出す。 「今日は『バレンタインデー』で、大切な人間に『チョコレート』をお供えする祭りだそうだ」 その時、チャティは『本当に楽しそうなカーラ』を初めて見た。
追記 2月初旬から13日にかけてルビコンⅢ全土を覆った戦火は後に『チョコレートの火』と呼ばれる事となるが、その全てを語るのはまた別の機会となるだろう。 また、本作における『チョコレート』が現代の我々が知る『チョコレート』と同一のものである保証はどこにもない事をここに明言しておく。
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